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  • 執筆者の写真lymphjt

約20年前のリンパ浮腫ケアの現状

自分が看護学生の時、「リンパ浮腫」という言葉を頻繁に聞いたわけでもない

実際に、消化器内科→血液内科と現場で看護師として働く中でも、浮腫は見かけていたが「リンパ浮腫」という言葉もあまり耳にすることはなかった。


緩和ケアにきて、初めてリンパ浮腫という言葉を耳にするようになった。


18年前に資格取得をして、リンパ浮腫ケアを始めてわかったこと。

それは、私も含めて「リンパ浮腫」や「リンパ浮腫ケア」について情報がなさすぎて、医療者の関心も低いということ。


それは、患者さんが、あちらこちらの病院へ行くが、「しょうがない」や「わからない」と言われ続け、途方に暮れていたこと。

それがいつしか、医療不信に変わっていたことは、患者さんと話すと伝わってきて、そのたびに私も辛くなっていた。


いつしか、患者さんは、むくんだ足や手を隠して生活するようになって、人目の触れない生活をしている。

なかには、大好きな仕事や職業を辞めたと聞くこともあった。

今後の生活に不安しかない、夢や希望を抱けない生活を送っている。


それを話して下さるたびに、どうにかしたいという思いは次第に強くなり、経験値の少ない中でも我武者羅にケアに関わらせていただいた。


しかし、同じ資格者がいたわけでもなく、県内に専門医師がいたわけでもなく、相談者がいない環境で解決口が見つからず、考え込む時期も長く続いた。

「リンパ浮腫」に夢中になりしぎて、無我夢中だった。


そんなある日、疲弊過ぎて、体調を壊し、自分が動けなくなり、やっと自分の状況に気付く。

いわゆる、バーンアウト(燃え尽き症候群)を自分が経験することにある。

やりたいけど、やれない…状態で、何度も悩んだ結果、一旦退職することになる。


当時、出逢った患者さん約50名。

患者さんの力になりたいと必死でやった結果、できなくなった後悔で当分の間

更に落ち込んだ。

これも、今だから話せる話。


そして、心身ともに元気になった後に、看護師として復帰しようと新しい病院で婦人科病棟に配置になり、そこで、「リンパ浮腫」に更に深く関わるようになり、色んな経験をさせてもらうことにある。


いつでも、前病院で関わった患者様の思いは忘れず、私の心の中にあり…

直接、お詫びやお礼はできないけど、目の前の患者様に自分のできるケアを精一杯していこうと思って過ごせていた。


いつでも、私の原動力は、リンパ浮腫の患者さんであり、感謝です💓


次回は、ドイツへ研修参加させていただいた時について。


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